ワタシたち一家がこの地に引っ越してきたのは約半年前だ。そのとき不動産屋の担当のAさんからこんなお話をいただいた。
「無料で配布している“住宅情報”にお宅を掲載したいんですけど」

なんでも、都内から引っ越してきた人から話を聞きたいらしい。しかしその不動産屋で契約したなかで都内から引っ越してきた人はウチと他1件のみという。
都内といっても、以前住んでいたところは車で10分走れば神奈川、30分走れば山梨という超はしっこだ。23区ならまだしも市内なのに・・・

でも無料配布とはいえ紙面に載るのだ、謝礼がもらえるかもしれん!そんなイヤシイ発想からつい引き受けてしまったワタシ。
「ねえーもしさあ、5000円くらいもらったらお寿司食べに行こうよ〜」
夫婦で軽くもりあがりつつ、撮影の日を迎えた。

しかし撮影は予想を反してあっさり終わり、これまた予想を反して謝礼もなかった。(コージーコーナーの小さなお菓子詰めはいただきました)
そして最後に
「もう一軒都内から引っ越してきた方を取材してますのでえー、そちらが採用になるかもしれませんー」という捨てゼリフを残して、編集者の方は去っていった。

ちょっと気が抜けたワタシ達夫婦。でもプロのカメラマンに写真撮ってもらえたし、写真のネガはデータベースでもらえるという。年賀状の写真に使えるからまあいいか。
後日、ワタシ達が掲載されている住宅情報が送られてきた。
「おおっ採用されたじゃん!」
話のネタがオール電化だったので、家事をするワタシ中心の写真が載っていた。こっぱずかしいがいい記念になったではないか、ということで幕を閉じたのだ。

と、ところが・・・そんな取材を受けたことも忘れ果てていた昨今、事件が勃発した。
友人からのメールで知ったのだが、ワタシ達の記事がその不動産屋のチラシになっているという。

ちょ、ちょっと待ってくれ。確かに住宅情報には載せてもいいと了承した。引っ越して間もなかったし、だいいちすでに家の決まった人は住宅情報など見ない。だからオッケーしたのだが、チラシとなると話は別だ。不特定多数の人が見るし、こちらに引っ越してきて半年、知り合いもたくさん増えた。いまさら顔が出ているものを出されてもこっちも困る。しかも何の断りもなく勝手に掲載するなんて!

メールの友人だけでなく、ほかのママ友からも「チラシ見たよ〜」とのコメント。
新聞を取っていない我が家はそんなチラシなど知る由もない。
“知らぬが仏”とはまさにこの事。晴天の霹靂だ。

帰宅したダンナにさっそく報告。その怒りのたけをぶつけた。ダンナも「個人保護法にひっかかる行為だよな!」と同調。さっそく不動産屋に抗議をしにいった。

ところが・・・気の弱いワタシ。担当のAさんに「すいませんー」と大きな声で言われると、抗議どころか文句も言えない。小さい声で「いや、金額とか載ってなければいいんですけど・・・」とボソボソ訴えるのみ。
あんなにキレてたのに、どうしたの?という顔のダンナ。しかし不動産屋と我が家は近くしょっちゅう顔を合わせる。近所で気まずい思いをするのはワタシだから、と気を使い、穏便に思いを伝えてくれた。

負け犬の遠吠え状態だが、「一度の事だし、まあいいよね」「みんな忘れてくれるよね」と自分に言い訳しながら帰ってきた。小心者はツラい。

さらに昨日のこと、担当者のAさんが我が家を訪れた。手には近所の美味しいケーキ屋さんの紙包みが・・・
「これ先日のおわび・・」とワタシに手渡したところで「と・・」と言葉が続く。
と?!
「先日のお詫びと、あともう一週載せさせてもらいたいんでそのお願いに・・・」

えーマジすか・・・。もう包み紙受け取っちゃったよ。そんな馬鹿な。もちろん答えはノーだ。しかし言えない。お菓子もらっておいて、即答で断ることが出来ようか。「・・・主人に聞いてみます・・」そんな感じでお答えしA氏は帰っていった。

彼が来たのは夕方。暗くなってきたリビングで、同じくドンヨリ曇ったワタシがいた。
「一度ならまだしも二度なんて・・あら、以外と出たがりなのねとか思われたらどうしよう・・」チラシのワタシは満面の笑み。とても掲載されるのを躊躇してるようには見えない。

ダンナが帰宅し相談すると、彼は笑っていう。
「いいじゃん、断れば。角なんて立たないよ。何、それが心配で紙袋開けてないわけ?」そう、怖くて開けられなかったのだ。本当にタダより高いものはない。

結局悩んだ末、お断りの電話を入れることにした。でももしチラシが出来てしまっていたら仕方ないのでそのまま使ってくださいという譲歩付きだ。あああ小心者・・・
担当Aさんは、チラシが出来ているかどうか本社に確認してくれるという。出来てたらこめんなさいね・・・・だ、そうだ。

昔の人はうまいことをいうものだ。
まさに知らぬが仏で晴天の霹靂な事件だった。負け犬の遠吠えを体験しタダより高いものはないと悟った。

それにしても。こうなってはもうチラシが出来ていないか、チラシが出来る前に住居が完売するかどちらかを祈るしかない。ツライ一週間の始まりだ・・・